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公開脱衣野球 その2

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浅人は振り向かなかった。
沢田の打球は高々と舞い上がっていく。
角度も伸びも申し分ない。
それ以上に、浅人の中にある一つの気持ちが、彼女を振り向かせなかった。
『打たれた』全てに裏切られた今の浅人にとって、その事実だけで足が鉛のように重くなってしまう。
やがて、歓声・・・には程遠い、欲望の雄叫びが球場に響き渡る。
それが、全てを物語っていた。
レフトスタンド。
そこに、沢田の打球は吸い込まれていった。
「・・・・・・」
キャッチャーマスクを外し歯を食いしばり、今帰ってきたランナーも無視し、種倉はダイヤモンドを回る沢田を睨んでいた。
三塁を回り、自分の元に向かってくる先輩に、後輩は小さく、しかしはっきりと聞こえるように呟いた。
「あんた、最低だ」
沢田は、答えない。
無言ですれ違い、本塁を踏む。
「流石沢田!」
「でかしたぞ、同志!」
部員からの賛美の言葉にも、沢田は一貫して反応を示さなかった。
その仮面の如き表情からは、何を考えているのか、読み取る事は出来ない。
だがそんな事、岸田にとってはどうでもいいことであった。
(浅人が、堕ちた)
狂気に歪んだ笑みを浮べ、岸田はマウンドの上で沈んでいる浅人を見遣った。
あの、浅人が。
あの、強情で目障りだった浅人が、今は自分の策にハマり、絶望に落ちている。
岸田の欲情は頂点に達していた。
あとは、打たれた分の衣類を脱がせ、自分がトドメを指すだけ───の筈だった。

「コラァーー!」」
突然、球場に怒号が響き渡った。
野球部員なら誰もが聞いた事のある、その声。
「何をやってるんだ馬鹿たれ共!」
ベンチから現れたのは、この野球部を率いる監督だった。
普段なら準備等を終えた頃を見計らって来るのだが、今日は何故か早く球場に足を運んでいた。
(・・・チッ)
内心舌打ちした岸田。
監督の後ろには、女子マネージャーが心配そうな表情で佇んでいた。
ヤツが告口(ちく)ったのか。
なら、後で罰を与えなければ。
「おい、どういう事か、説明してもらうぞ」
球場全体に響き渡る監督の怒鳴り声。
その声にいち早く反応したのは、種倉だった。
「監督!実は、きし・・・」
「ただのゲームですよ、監督」
種倉の言葉を、岸田が制した。
監督の前に自ら進み、真正面から対峙する。
「なっ・・・」
「前田君が女になった自分でも充分野球できるから、やらして欲しいって言ったんですよ。で、打たれたら罰として服を脱いでやるって」
岸田は、まるでそれが真実であるかのようにペラペラと監督に報告していく。
その顔には、終始笑顔が刻まれていた。
「嘘だ!先輩は、前田先輩はそんな事を言って・・」
「・・・本当か?」
監督の耳に、種倉の言葉は届いていないのか、岸田の顔を見ながら呟いた。
岸田は何という事はないように「ええ」と答え、得意げに笑ってみせる。
「岸田ぁ!てめえ、嘘ばっか言ってんじゃねえ!前田先輩も、沢田先輩も何とか言って下さいよ!」
種倉は必死に呼びかける。
しかし、浅人も、そして沢田も黙って顔を伏せているだけ。
その二人を見て、種倉も言い知れぬ絶望感を感じていた。
まさか、こんな事になるなんて。

暫く黙ってその状況を確認してから、監督は指示を出し始める。
「前田!とっとと服を着ろ!それから、今日はもう練習中止!全員片付けて、速攻で帰宅しろ!それから、前田と岸田、それに沢田・種倉・舞浜は後で学校に来い!」
指示を受けた部員達は、監督の言う通りに動き始める。
しかし、浅人は身動ぎ一つしない。
「前田先輩、服、着て下さい」
いつの間にか近寄っていた女子マネージャー、舞浜の言葉で、浅人の意識は辛うじて呼び戻された。
「あ、ああ・・・悪い・・迷惑かけた・・・」
「そう思うなら、早く服を着て学校に来て下さい。先輩のこんな姿、見るに耐えません」
瞳に涙を溜めて語る舞浜に、浅人は目を合わせる事はできなかった。

先生からの事情聴取が終わり、浅人は昇降口にいた。
二回り近く小さくなった上履きを仕舞い、こちらもまた小さくなった靴を取り出して履く。
「・・・はぁ・・」
溜息を漏らし、ロッカーに額をあてて寄りかかる。
力が出ない。
入れようとすれば、何処かから抜けていく感覚。
パンクしたタイヤのよう。
「・・・・・」
痛い。
湿布を貼った左手の甲が、痛い。
ズキンズキンと疼く痛み。
浅人の中で、幾つかの思いが渦巻いて混沌と化していた。
実力を失った自分。
仲間だと思っていた部員達の下劣な態度。
親友だと思っていた沢田の、圧倒的な裏切り。
いつもの浅人であれば、笑って耐えるか怒り飛ばしているだろう。
しかし、それはできなかった。
有頂天から一変、奈落の底に落とされた浅人の精神は、最早軽く押すだけで脆く崩れてしまいそうだった。
「・・帰ろう・・」
そう自分に言い聞かせなければならない程、今の浅人は弱りきっていた。

外は既に闇がかかり始めていた。
昇降口を出て、はた、と視界に『そいつ』が映った。
「・・・沢田」
半分閉じられた、出入り口の門に寄りかかるようにして、沢田は佇んでいた。
ドクン『見事ホームランを打った奴には・・・一晩、そいつと寝ろ』ほんの半日も経たない前の言葉が、鮮明に甦る。
浅人の心臓が跳ね上がった。
自分はこの男とセックスするのか。
自分は男だぞ?男同士で、やると言うのか?「浅人」
黙して自問自答していた浅人に、沢田の方から声を掛けてきた。
また一つ、浅人の心の臓が跳ね上がる。
「・・・よう、裏切り者」
こんな事、言うつもりは無かった。
言った直後、浅人本人がハッとして、口元を塞ぐ。
だが、それはあまりにも遅すぎる。
「・・・裏切り者・・・だと?」
沢田は寄りかかっていた門から離れ、ズカズカと大股で浅人の方に近寄っていく。
浅人が弁解の言葉を見つけ出す前に、沢田は浅人の胸倉を掴んでいた。
「裏切り者だと?それはどっちだ!心配して止めろって言ったのに、それを無視してあんな事を!」
その言葉に、そして沢田の双眸に、浅人はハッとする。
「いつもの浅人なら、あんな無謀な賭け、絶対にしなかった!100キロ前後の球なんて、丁度打ちごろだ!それをお前は・・・馬鹿が!」
バッと突き放すように、沢田は浅人を解放する。
浅人は顔を伏せ、暗い表情をするだけ。
「・・・悪い・・言い過ぎた」
沢田はそう呟くと、鞄を担ぎ直し校門へと向かった。
その背中に、浅人の声が向けられる。

「じゃあ、何であそこで打席に立ったんだ?そう言ってくれればよかったじゃないか!そうして止めていればよかったじゃないか!何を今更そんな事・・・!」
パァンッ咄嗟に振り向いた沢田の右の平手が、浅人の頬にクリーンヒットする。
何をされたのか理解できない浅人は、打たれた頬に手を当てた。
痛い。
疼くような、痛み。
「貴様は馬鹿か!親友の決意を無下にしろとでも言うのか!?」
その言葉と突然の痛みで、浅人の頭の中は混乱していた。
何が、一体どうなっている?
「舞浜が監督を呼びに行ったのを知っているのは俺だけだった!だから監督が来るのを待ってた!でも来なかった。そんな時にお前があの状況だ。俺でなくとも簡単にホームランを打てただろう。だから!俺が出た!他の誰かなら確実にお前を抱くだろうが、俺はそんなつもりない!!」
つまり、沢田の言い分はこうだ。
止めろ、というのはその場では無意味だった。
浅人の気持ちを踏みにじるような事はしたくなかったし、他の部員には言うだけ無駄であった。
頼みの綱は監督だけであった。
学校から球場までは車ですぐだ。
勝負が始まってすぐ、マネージャーの舞浜が呼びに行ったのを確認して、安心した。
でも、監督はすぐには現れなかった。
時間的には来てもいい時間ではあったが。
そんな時に、浅人の精神を打ち崩す出来事が発生した。
あのままじゃ、誰にでも打てる。
だから、誰かに打たせるよりかは自分が打った方が浅人が背負う重荷は軽くなるだろう、と踏んだのである。
時間稼ぎ、という意味もある。
それでも監督が来なかった場合、沢田は最悪自分の選手生命を掛けて、部員を止めるつもりだった。
即ち・・・暴力沙汰になったとしても。
浅人の中に電撃が走った。
抱く気が無かった?この男は、あのゲームに乗ったのではなかったのか?自分を助けるために、敵を欺くためにあそこに立った、と?そう思った瞬間、浅人の瞳から・・・涙が零れた。
一つ。
また、一つ。

まさか泣くとは思ってなかった(少なくとも、浅人が泣いた所を今まで見たことのなかった)沢田は、当然うろたえてしまう。
「わ、悪い・・・痛かった、か・・・?」
自分の平手打ちが相当痛かったのだろうか?沢田は真剣にそう考えていた。
勿論、浅人が泣いている理由は、そんな事ではないのだが。
(裏切られたと思ってた)
(仲間なんて、いないと思ってた)
(でも、それは俺の勘違いだった。思い過ごしだった)
(申し訳ない。本当に、申し訳ない・・・)
懺悔と後悔。
絶望によってぽっかりと開いてしまった心の穴に、二つの涙が注ぎ込まれていく。
「ゴメン・・沢田・・本当に・・・ゴメ・・・」
次から次へと溢れる涙で、浅人は上手く喋れなかった。
こんなに大泣きしたのは、いつ振りだろうか。
胸が締め付けられている感じに、浅人は自分の胸元を抱え込んだ。
心臓がバクバク鳴っている。
そんな浅人を・・・沢田は抱き締めた。
こいつは男だ、抱き締めるのは違う・・・。
そう頭で反芻しての結果であった。
「あ・・・」
「・・・すまなかった・・・」
厚い胸板。
それに体を預けるようにして、浅人は泣いた。
一昨日まで笑い合っていた親友の胸に顔を埋めることに、何の不思議を感じない浅人がいた。
もし、自分が最初から女として生まれていたら・・・頭の片隅で、そんな事を考えた。

・・・そうして、少しの時間が過ぎた。
涙が収まった浅人は、押し返すように沢田から離れる。
「何か、女々しいトコ見せちまったな」
恥ずかしそうに視線を逸らして言うと、沢田は冗談っぽい笑みを浮かべた。
「今は女だろうが、アホ」
「あ、アホって言ったな。
アホって言う方がアホなんだよ」
「じゃあ、お前の方が多く言ったからお前の方がアレだな」
「む」
そう、こんな他愛ない話が出来るのが、限りなく嬉しい。
一瞬でも全てを失ったと思った浅人にとって、この感覚は何にも替え難いものであった。
ふと、沢田がじっと自分を見ているのに気付き、不思議そうにその目を見返した。
「・・・どうし・・んっ」
全ての言葉を言い切る前に、喋れなくなった。
口が塞がれた。
・・・沢田の唇によって。
「・・!!?」
目を見開いて驚く浅人。
心臓の跳ね上がりが、わざわざ確認しなくてもわかった。
何故、この男は、俺に、その・・・キスをしたんだ?俺は・・・男だぞ?それは浮かび上がった疑問と同時に、自分に言い聞かせるものでもあった。
そうしなければ・・・ともすれば、気持ちいいと感じてしまっている自分に負けそうになるから。
「んんっ・・・ぷあっ。な、ななな何すんだよ!?」
今度は引き剥がすように離れた後、顔を真っ赤にして咆える浅人。
だが、それよりも遥かに顔を赤くする沢田。
「あ、す、すまん。こんなことするつもりじゃ・・・」
自分自身でも、何故そんな事をするのかわからないらしい。
慌てて距離をおく沢田。

互いにぎこちなくなっているのを感じて、黙りこんでしまった。
浅人が口を開いたのは、丁度一分が過ぎた時だった。
「か、帰ろうぜ。
早くしないと、ウチの母が心配する」
「あ、ああ、そうだな」
ギクシャクとしながら互いを促すように学校を後にする二人。
(やべ、まだドキドキが治まらねぇ・・・)
浅人は自分の動揺っぷりに激しく混乱し、(何であんな事したんだろう・・・でも、気持ちよかった)煩悩丸出しな思考をしながら歩く沢田。
明日、どんな風に顔を合わせるのか、野次馬根性がある者なら見ものであろう。

「・・・おいおいおい」
そんな二人の光景を、昇降口から見てしまった、一組の男女。
「ひゃー・・・」
顔を真っ赤に染めて、頬を手で包むようにして見ていたのは、マネージーの舞浜。
もう片方、呆れた、というか何と言うか・・・唖然としてるのは、一年の種倉。
たまたま目撃してしまったふたりが、この後、浅人と沢田より少し上のコトをするのは秘密秘密。

 

「ありがとな。わざわざ送ってもらって」
前田家自宅、門前。
浅人と沢田は別れの挨拶を交わしていた。
学校から徒歩十数分、既に二人のぎこちない緊張は解けていた。
・・・外見だけでは。
「気にすんな。何処にあいつ等が隠れてるかわからないからな」
「ホント、助かった。それじゃ、また明日な!」
片手を挙げてくるりと振り向くと、浅人はすたすたと家に入っていってしまった。
まだ恥ずかしさが残っているらしい。
そんな浅人を苦笑混じりで見送った後、沢田は一人駅へと向かい歩き始めた。

帰宅した浅人を待っていたのは、仕事から帰ってきて、一人ソファに座りビールを飲みながらテレビを観ている父と、台所で夕飯の支度をしている母の姿であった。
「ただいま」
浅人がそう告げると、前田父が驚いた表情で振り向いた。
「・・・どちら様?」
「お母さんから聞いてないのか?お母さん、ただいま」
唖然とする父親をスルーし、浅人は台所に入っていった。
そんな浅人を迎えたのは、いつもの笑顔。
「あら、お帰り。部活やってきたの?」
「う、ん・・・一応ね」
言葉を濁す。
あの事件の後、事の詳細(教師が知っている限りの、ではあるが)と『正式な処分が下るまで野球部の停止処分』が各保護者に連絡されている。
つまり、自分が部活で何をしていたのかは、全て親に筒抜けなのである。
「あんまり無理しちゃ駄目よ?今は女の子なんだし」

浅人母はそれだけ言うと、再び夕飯の準備に戻っていった。
強く優しい母に、浅人は感謝の意を表した。

制服のまま夕飯を終えて、部屋に戻った浅人。
バタン、とドアを閉めてバッグを放る。
「はぁ、疲れた・・・ん」
ベッドに飛び込もうとした時、視線の端に姿身が映り、何となくその前に立った。
「・・・・・・」
鏡の向こうには、青い髪を靡かせた可愛い少女が佇んでいる。
そっと手を伸ばし、それに触れる。
三日。
三日前、自分はこの鏡の前で投球フォームの確認をしていた。
監督から「肘の使い方が変だ」
と言われて、必死に考えながら鏡と睨めっこをしたものだ。
だが・・・その野球少年の姿は、今は無い。
あの逞しい肉体も、男らしい顔つきも、坊主頭も。
あの速球も、あの変化球も、あの打力も、あの足の速さも。
野球部としての地位も、培われてきた技術も、楽しかった日々も。
『彼』が『彼女』になった時から、それらは一瞬にして崩れ去った。
「・・・っ」
自分の両肩を抱いて、顔を伏せる。
怖い。
自分の今までの結果が、全て無くなるのが。
自分の力がなくなるのが。
浅人の頭の中で、あの瞬間が甦る。
四番に打たれたピッチャーライナー、そして沢田に打たれたホームラン。
自分が信じてきたものが崩れていく。
もう、自分は駄目なのか。
「こわい・・・こわいよ・・・」
部屋の電気を点けていない効果もあるのか、体は小刻みに震え、少女は恐怖に飲まれてしまった。
そんな時、また別の風景が頭をよぎる。

沢田の───ドアップ。
「・・・ぷっ」
瞬間、浅人は吹いてしまった。
あの時の真剣な表情といったら、面白いったりゃありゃしない。
それと同時に、浅人の中に燻りが生まれた。
左手は抱いたまま、右手をそっと持ち上げる。
人差し指を、自分の唇に当ててみる。
(俺・・・あいつとキス、したんだよな・・・)
そう認識した瞬間、下半身がキュン、とした。
今まで感じた事のない感覚。
「え・・・あ・・・」
気がつけば、肩を掴んでいた筈の左手は、右の乳房を鷲掴みしていた。
無意識だったために、浅人本人が一番驚いてしまう。
「・・・あん・・」
そして、おもむろに握り締める。
柔らかい触覚と、まだるっこい気持ちよさが、浅人の思考を鈍らせる。
「・・は、あ・・・」
左手の動きが止まらない。
ゆっくりと吟味するように、左手は優しく自分の胸を揉み解す。
(や、止めないと・・・でも・・・)
そんなつまらない思考は、快感の前では呆気なく吹き飛ばされる。
右手を下ろし、ブレザーを脱ぐ。
一旦胸から手を離し、左手の袖からも服を通し、茶色のブレザーは完全に床に落ちる。
「・・・ぁっ、んぅ・・・」
シャツのボタンを一つだけ外し、そこに侵入した左手が再び胸を掴む。
下着越しに揉まれる感覚は、先程よりも何倍も感じるように思える。
「は・・ふ・・」
甘い声と吐息が浅人の口から漏れる。
それにハッとして、無理矢理手を服から引っこ抜く。
(な、何やってんだよ、俺は・・・)
慌ててボタンを留めようとする。
しかし、腕が震えて上手くできない。

(早く・・・早く留めなきゃ・・・)
何に焦っているのか、しかしその焦りは浅人の手元をより一層狂わせる。
そんな時、おあずけをくらった『何か』から、浅人の脳に信号が下る。
『早ク・・・続キヲ・・・』
「え、あぁんっ!」
そんな声が聞こえて来たと同時に、ボタンを閉めていた筈の手が、自分の両胸をしっかりと掴んだ。
突然のこそばゆい感覚と甘ったるい快感に思わず声を上げて身を捩る浅人。
(な、何で・・・でも、今の・・・)
「気持ち・・・いい」
認めてしまった。
その瞬間、『男浅人』の壁が呆気なく崩壊する。
「んぁ・・・あぅん・・・」
手は、左右非対称に自分の胸を揉みだす。
ぐにぐにと、見ているほうが心地良い程に形が崩れ、元に戻ろうとする弾力が、浅人の手に伝わってくる。
また、その姿を見ているのは浅人だけである。
(こんな・・・柔らかい・・・)
それが自分の胸だと認識するのに、浅人の脳は若干も時間が必要であった。
そして、それを意識した瞬間、言い表せぬ快感の波が浅人の体に波紋を作る。
「ぁはぁ・・・ふぅぁ・・・」
服の上からではまどろっこしくなったのか、手を休めてボタンを外し始めた。
今度はスムーズに上手くいく。
ボタンを全て外すと、今度はスカートを脱ぎ捨てた。
上下の下着と靴下だけという姿になって、浅人は自分のベッドに寝転がる。
「あふ、あぁん・・・」
停止していたのはそれ程長い時間ではない。
むしろほぼニ十秒足らずだ。
しかし、それだけの時間でも浅人の体は待ってましたと言わんばかりに、胸への愛撫による快感を普通以上に受けようとする。
『貪る』とは、このような事を指すのだろうか。

やがて、ブラジャーからでもしっかりとわかる様に、二つの丘の上に小さな膨らみが立っていた。
(あ・・・これって・・・)
そう思うよりも早く、手は両方のそれにしっかりと食いついていた。
「ひゃっ!」
ビクン、と背筋が伸びる。
程よく勃起した乳首を掴んだ瞬間、体中に雷が走ったような感覚が浅人を襲う。
「んんっ、ひぁぁっ・・・!ぅぁあっ・・!」
親指と人差し指で挟むようにして、クリクリとこねたりギュッと掴んだりするだけで、その度に快感が浅人の中を駈け巡り、脳に舞い戻る。
余った指で乳房を押し込むように揉むのも止まらない。
すぐに、下着の上からでも足りなくなった。
ブラを上に上げて、その拘束から解放させる。
ぷるん、と胸が震えるのを見て、浅人の『何処か』が欲情した。
──それは、何処か?『男』の浅人か、『女』の浅人か。
「ふぁ、あぁあん・・・!」
生の乳房に喰らいつく両手。
乱暴に揉んでも、その痛みすら浅人の脳を蕩けさせていく。
ふと。
右手が名残惜しそうに胸から離れると、真っ直ぐに下半身・・・秘部へと伸びていく。
(あ・・・ま、待て・・・)
だが、『男』の浅人の思考は、最早その肉体には届かない。
「んあっ!ひうっ!」
ビクビクン!浅人の体が痙攣する。
ただ、下着越しに触れただけなのに、浅人は軽く達してしまった。
(あ・・・な・・・?)
よく、わからない。
頭の中は一瞬真っ白になり、元に戻るのには時間がかかりそうだ。
だが、意識が甦るよりも早く、体が動いた。

「は、ぁぅっ!」
ショーツを横にずらし、中指をおもむろに秘裂に差し込む。
それを簡単に受け入れる程、浅人のそこは十分に湿っていた。
「あ、あ、ぁぅ、あ」
膣の襞を擦るように中指を動かす。
ほぼただの上下に近い運動でも、浅人の膣は十分に快楽を享受し、またそれを数倍にして躰と脳に伝えていく。
(そんな・・・っくぅ!)
僅かに残っている男浅人にとって、それは正しく既知外じみたものであった。
腰ががくがくと揺れる。
それに合わせるように、左手が胸を激しく揉んでいく。
「あくっ!はぁああぁん!んんんっ!」
上下から襲い来る快感に、口が開きっぱなしである。
そこからは涎が滴り落ちる。
そして、火照り、白から紅色にかわった肌にぽつぽつ・・・と浮き出る汗。
さらに、秘裂の中から泉のように湧き出る愛液・・・。
全身を濡らし、浅人は喘ぐ。
腰を振って、快感を貪る。
「ふあぁん!あうっ、ぁぅんっ!」
指は二本に増えていた。
それくらい、今の浅人の壷は湿り、滴っていた。
ぐちゃ、ぐちゃ・・・という淫らな水音が部屋に響く。
いつからか、鼻をつく妖しい香りが充満していた。
そして、右手の親指が、それを捉えた。
「!!!?」
稲妻が疾った。
少なくとも、浅人にはそう感じれた。
隠核。
クリトリス。
ただ快感を与えるだけの場所に触れたのだ。
「ああぁっ、んはあぁぁっ!!」
最早、家族のことは頭に入ってなかった。
絶叫に近い喘ぎ声をあげながら、浅人は隠核をいじり続ける。

(気持ちいいっ・・・駄目、壊れるっ!!)
既に壊れていた。
「くあ、ひああああぁぁぁっ!!!」
引っ掻くように刺激を与えた瞬間、浅人は背筋をピーンと伸ばし、それと逆に膝はガクガクと震え・・・。
絶頂に達したのだろう、そのままで暫し固まった後、どさっと力無く崩れ落ちる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
荒い息を整えるために肩で息をする。
まだ波のように広がった快感の灯火が残っている。
(昨日やった時よりも・・・気持ちよかった・・・何でだろう・・?)
冷静な思考が戻り、そう思った瞬間、再び沢田のドアップがフラッシュバックする。
「ばっ・・・」
そんな自分の考えに顔を真っ赤に火照らせて、浅人は裸のまま布団に潜った。
全身がびしょびしょな事を忘れて。
(何だ・・・何で鼓動が治まらねぇんだ・・・)
素っ裸な自分の胸に手を当てて、深く深呼吸・・・そんな事を繰り返している内に、想像以上に疲れたのか、浅人の意識はまどろみに溶け、深い闇に吸い込まれていった・・・。

・・・暗闇に潜む、妖しい笑顔の存在も知らずに・・・。

 

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