X-MASの贈り物

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彼が「私」という呼び方に慣れるまで、ずいぶんと時間がかかったと思う。
なにしろ、十八年間、彼は「俺」という言い方で通してきたから。
別に、おてんばだったというわけじゃない。
信じてもらえないかもしれないけれど、彼は、つい一年前までは確かに男だったんだ……。

「X-MASの贈り物」

クリスマス・イブに一人じゃないというのはいい事だ。
だが、その相手が男であるというなら、また別の話になる。
康一朗はポケットに入れたコーヒーの缶で暖を取りながら、電話ボックスの中で人ごみの中に目をやっていた。
携帯電話が普及したご時世からか、両隣りのボックスには人がいない。
目の高さに張られた目隠しのシールと、無数のピンクちらしが視線をさえぎってくれる。
本当はこんな場所まで出たくなかったのだが、約束であれば仕方のないことだった。
ボックスの下から入り込んでくる冷気が下半身を冷やす。
「たまんないな……」
電話機の横に備えつけられているゴム付きのバーに腰をかけながら、呟く。
と、ドアを叩く音がする。
康一朗は入口の方を見た。
「お姉ちゃん、一人?誰かと待ち合わせ?俺と一緒にどっか行かない?」
立て続けにまくしたてる、髪を金髪に染めた軽薄そうな男が康一朗を扉越しに見下ろしている。
「イブに一人って寂しいじゃん?オレ、一人。寂しいよね。キミも一人だろ。独り者同士でイブを過ごさない?」
「待ち合わせしているんです」

「俺も待ち合わせしてんの。君と。ねえねえ、君、名前は?」
どこにも逃げ場はないとわかっているから、男もしつこく誘ってくる。
都心の駅前だから人通りは多いが、電話ボックスに注意を払う人などまったくいない。
「いいじゃん。ほっとかれてんだろ?じゃあさ、ケータイの番号教えてよ。メアドでもいいから」
「携帯、持ってない」
「うっそ!珍しいじゃん!じゃあさ、一緒に買いに行こうよ。安いとこ知ってるから。そんで、俺を一番最初に登録してよ。毎日暇だからさ、TELくれたら、すぐ飛んで行くから。ね?行こうぜ」
康一朗は内心、うんざりとしてため息をついた。
こんな男について行く女の子がいるから、こういった手合いが減らないのだろう。
自分もかつてはそうだっただろうかと、彼は思い返していた。
「黙ってないでさー。な?それとも援交でもやってんの?君、カワイイしさ。親父なんかより、俺の方が絶対、セックス強いぜ?一晩中寝かしてやんないくらい」
ひひひ、と男は歯を剥き出しにして笑う。
何がおかしいのだろう。
一人でしゃべって、一人で受けている。
「なー、いいだろ?早く行こうぜぇ!なぁ、なぁ!」
いい加減切れてきたのか、電話ボックスの扉を押して中に押し入ろうとする。
康一朗が足でドアを押し、男が入れないようにする。
ストッキングを履いていない生足がガラス窓にはりつき、ひりつくほど冷たい。
「いーじゃん。セックスしよぉぜぇ!おら~、おらぁ~!」
勢いを増す男に負けまいと康一朗もふんばる。
「ひょーっ!キレイな脚してんじゃねえか。見せつけんなよ、オラ!」
ボックスを押し倒そうという勢いの男の背中を、誰かの手が叩いた。
「うっせぇなぁ!黙ってろ、クソんだらぁっ!」
振り向きざまに男は、背後に向かって蹴りを入れる。
狙い違わず、スニーカーの靴底が藍色の制服の腹部に決まり、警察官は地面に転がった。
男は背後をちらりとも見なかったので、羽交い締めにされた時も何がなんだか理解できず、ただ暴れるだけだった。
「ちょっと来てもらおうか」
「何すンだよ、うるぁぁぁっ!」
振り上げた足が電話ボックスのガラスを割り、あやうく康一朗の足を傷つけるところだった。
「器物損壊及び、公務執行妨害!」
蹴飛ばされた警官がボックスから引き剥がされた男の前にまわり、手錠をかけた。
男は手錠をかけられた瞬間、嘘のようにおとなしくなってしまった。
周囲には人垣ができ、遠巻きに寸劇を見守っている。
「あの、お巡りさん?俺、何もしてませんよ?ねえ……」
「お嬢さん、怪我はないですか?」
電話ボックスから出てきた康一朗に、警官が尋ねた。
わずかな間があって、康一朗は黙ってうなずいた。
お嬢さんという言葉が、一瞬理解できなかったのだ。
「なー、俺、何もしてないよーっ!ね?してないってば!」
金髪男の声が遠ざかり、パトカーの扉が閉まる音がする。
「あ、はい。大丈夫です」
「香純(かすみ)!」
待ち人の声を耳にして、康一朗は声の方に振り返る。
「……おっそいぞ、島崎!」
手が震えているのは、寒さのためだけではないのだろう。
小走りにやって来た島崎という男の顔を認めて、警官が言った。

「彼女の、恋人かな」
「違います!」
「まあ、そんなもんですけど」
康一朗と、島崎の声が重なる。
崩れ始めていた人垣の中から、少なからぬ失笑が漏れた。
警官も苦笑して、島崎の肩に手をかけた。
「あまり彼女を待たせるんじゃないぞ。こんなに時間に可愛い女の子を一人で置いてけぼりにするなんて、危ないからね」
そう言って、肩をポンポンと叩いてから警官は二人から離れ、無線に向かって電話ボックスの破損について報告をし始めた。
軽く手を横に振り、次いで街の方を指して、もう行っていいよとゼスチャーをしてみせる。
小柄な女性は警官に向かってぺこりと頭を下げ、島崎という男もつられて頭を下げる。
「マジ、遅い。もう少しであいつに捕まるところだったんだからね」
精一杯背を伸ばして、可愛らしい小顔で、怒った表情を作って睨みつける。
「島崎のリクエストだったから、無理してスカートを履いてきたんだぞ。こんなに寒いのに」
「あ、本当だ。冷たくなってるなあ」
体を屈めて素足を触られ、彼女は身をすくめる。
「ひゃっ!な、何すんだよぉっ!」
「いや、この世の触りおさめにってことで」
彼の言葉を聞いて、彼女の顔が曇る。
「なあ、本当にあと少しで死んじゃうのか?」
「うちの親父が言ってたからね。もう手後れだって。今日も痛み止め打ってきた」
ファンデーションでもはたいてきたのか、島崎という男の顔は、男としては不自然なくらい綺麗な顔だった。

 

この島崎猛彦という男はもともと、素材は悪くない。
名前とは裏腹に、いわゆるモデル顔という整った顔立ちをしている。
そして、もう一方の秋多香純(あきたかすみ)という女性は、康一朗という別の名を持っている。
これについては、おいおいわかってくるだろう。
「今日を逃したら、もう、出られないかもしれないから」
顔を上げて、猛彦はイルミネーションジャングルの谷間から顔を覗かせる曇った夜空を見つめる。
「そんなに、悪いのか?」
「心配いらないよ。今日、明日に死ぬわけじゃないから。香純を抱くまで、僕は死ねないよ」
「もぉっ……バカ」
振り上げた拳を解き、猛彦の肩に手をかける。
「死ぬなよ。おまえが死んだら、俺は誰に相談すればいいんだよ」
「あとは姉貴に頼んであるよ。まあ、ちょっと学者バカで、康一朗には迷惑かけちまうかもしれないけど」
「そうじゃないって……」
胸から熱い物が込み上げて、彼女の涙腺から溢れ出る。
「死ぬんじゃない。最後まで諦めるな」
「できるだけ努力するよ」
猛彦は女性の華奢な肩を抱き、ふところに抱いた。
いつもは抵抗するはずの彼女は、おとなしく、男性の大きな体に包まれる安心感を覚え、なすがままにされた。
クリスマス・イブの夜。
夜七時をまわったというのに、まだ人通りの激しい通路の中で、二人は静かに立ち尽くしていた……。


黒のセーターに、これもまた黒のスカート。
襟元からちらちら見えるのは、下に着ている白のブラウスだろう。
足下はロングブーツだが、膝を見ればわかるとおり、ストッキングは履いていない。
どことなくあか抜けないこの女性。
康一朗という名前と言葉遣いでわかる通り、香純という少女に見えるほどの小柄な女性は、男の精神を持っている。
ほぼ一年前の十二月二十五日。
康一朗という存在はこの世から姿を消し、代わって香純という名の女性が、精神だけは康一朗のままに居座ってしまったのだ。
突然女になったと言って、誰が信じてくれるだろう。
両親と顔を合わせても妙な顔ひとつせず、おはようと声をかけてきた。
姉の美紀も今日は珍しく早起きじゃないの、と軽い冗談を言ってくるだけだった。
康一朗は、変わり果てた自分の部屋に駆け戻り、洋服ダンスを漁って、夏前にようやく取った限定解除の免許証を探しあてた。
そこには、自分と同じ生年月日の秋多香純という女性の顔が、原動機付自転車……いやゆる50CC以下のスクーターの免許証に、少し緊張した顔で張り付けられていた。
そして康一朗がまず相談したのが、島崎猛彦だった。
彼は優秀な医大生として将来を嘱望されていた。
なにしろ父親は大病院の院長で、母親は広く名の知れた医学研究者。
姉も臨床医として早くも名を轟かせつつある、先祖代々医療に身を投じた者ばかりという医学一家なのだ。
康一朗は、彼の姉が猛彦の姉と同学年ということから知り合い、中学・高校の六年間を同じ学校で過ごした仲でもあった。
体の異常を知って、真っ先に電話をしたのが彼だというのも無理はない。
猛彦はパニックに陥った彼を落ち着かせ、姉である澄美(すみ)を説き伏せて、彼女と共に康一朗を見舞った。
「元から女だったでしょう?」
と不思議がっていた澄美も、康一朗と名乗る女性の、理路整然とした記憶を訊くにつれて、段々と猛彦のいうことにも一理あると理解していった。

 

「確かに彼女……康一朗君だったかしら?彼の言うことは、矛盾がほとんど無いわ。猛彦の記憶とも一致するしね。
単なる意識障害と言い切るには無理が多すぎるわ」
だが、一夜にして男が女になり、戸籍どころか康一朗と猛彦を除く全員の記憶まで塗り替えるなど、どう考えても不可能だ。
いくら考えてもわからないものは仕方がないので、澄美は猛彦を部屋の外に出して、体を診断した。
詳しい事はCTスキャンなどを撮ってみなければわからないが、調べる限り、康一朗は紛れもなく女性そのものだった。
猛彦を部屋の中に呼ぶ前に、澄美は康一朗に女性の下着のつけ方などを簡単に教え(なにしろ、ノーブラだったのだ)、詳しい事はまた後で教えてあげるからと彼……彼女に言い含めた。
「とにかく、あなたは今は女性なんだから、女の子らしくしなさい」
小さい頃から頭の上がらなかった女性に言われれば、康一朗もうなずかざるをえない。
こうして康一朗は、香純という名前の女性として、新たな生活を送り始めたのだった。

「早いもんだよね。
もう、一年が経ったよ」
康一朗は猛彦の手を握りながら、言った。
大きな逞しい、男の手。
だがその手の色は不健康に黄色く、冷たかった。
内臓機能がやられているのだ。
肝臓、腎臓、膵臓。
特殊な細胞に犯された彼の内臓は、本来ならばすぐにでも入院して、臓器移植手術を受けなければならないほどの重症なのだ。

 

予約しておいたレストランの食事も、彼は半分も食べる事はできなかった。
スパークリングワインも、ほんの形ばかりしか口をつけなかった。
それでも、相当無理をしているのが傍目にも明らかで、見ているだけで痛々しかった。
「早いね。
この一年、いろいろな事があったな」
「うん」
二人の横を、無数の車が走り抜けてゆく。
吐く息が白い。
彼の体温を感じようとして、彼女の手に力がこもる。
冷たいけれど、まだ彼は生きている。
「いろいろなところに行ったよな。
海とか、山とか……」
「島崎が勝手に連れ回したんだろ?」
「まあ、そうとも言うかな」
猛彦は笑みを作って、康一朗の顔を見る。

ずきん。

胸が、痛い。
締めつけられるように苦しい。
鳩尾より少し上の奥に熱い物が固まっていて、康一朗を苦しめる。
「どうした?」
「ん。
なんでもない」
原因はわかっている。
自分の姉から、処方箋のようなものも預かっている。
だけど――踏み込めない。
「寒いだろ」
「いや。
コート、プレゼントしてもらったし。
いい値段するんだろ?」
「ブランド物じゃないけど、仕立はいいだろ」

 

「なんか、女に馴染みこみそうで怖いな」
「男だもんな」
「まあ、ね」
康一朗は無理矢理笑顔を作って小走りに駆け出し、猛彦の前に回り込んで、くるりと半回転する。
「この一年ありがとう。
島崎……ううん、猛彦がいなかったら、お……私、正気じゃいられなかったと思う」
「こうい……」
猛彦の言葉を、康一朗、いや、香純が飛びつくようにして自分の唇でふさぐ。
「私を、抱いて。
それが……私からあなたへの贈り物」
「おい……」
「女に、これ以上言わせる気?」
ぎこちない笑みを浮かべて、香純は猛彦の手を引く。
「おい、どこへ行く気なんだ?」
この時期、ホテルはどこも満室のはずだ。
「大丈夫。
私にまかせておいて!」
そして香純は猛彦を先導して、クリスマス・イルミネーションの中へと歩いていった。

女性に人気のだけあって、年明け早々にはクリスマス・イブの予約は満室になっているというホテルだということは、猛彦も知っていた。
ツインの部屋は広々としている。
セミダブルベッドが二つあるのが、どこか気恥ずかしい。
「驚いたな」

 

「お姉(ねえ)から譲ってもらった。
今年は刀乃(とうの)さんと温泉旅行に行くから、いらないって」
刀乃というのは姉の婚約者で、来年六月には結婚する事になっている。
二人はチェックインしてエレベーターに乗った時から、どことなく噛み合わない会話をずっと続けている。
間がもたないのだ。
「あ、ほら。
東京タワーが見える。
景色抜群だね」
香純が両手を広げて窓に顔を寄せる。
「なんか吸い込まれそうだよ。
ねえ、猛彦?」
こたえは、返ってこなかった。
「……猛彦?」
声に心配の色を滲ませて、振り返る。
猛彦はベッドに腰をかけて、うつむいていた。
「猛彦、どこか具合が悪いの?」
「いや……」
短いが、しっかりとした言葉が返ってきた。
「康一朗。
もう、こんな事はやめよう。
君がそんなに無理をする事はない。
この半年……いや、一年間、僕は君を振り回し続けた。
もう、十分だ」
「違う!」
思わぬ激しい口調に驚き、猛彦は顔を上げた。
香純の顔は、涙に濡れていた。
「そりゃ……確かに最初は、女の格好をさせられるのが辛かった。
体は女でも、俺……わ、私は男だと思っていた。
でも……でも……」
胸から込み上げる強い感情を押さえきれずしゃくりあげる香純を、猛彦はただ、静かに見つめていた。

 

「猛彦が、来年の春まで生きていられないって知った時、私、ショックだった。
友達の猛彦、一緒に泳いだり、女の子を誘って集団デートしたりした、親友の猛彦じゃなくって、異性としてあなたを意識しているって気づいたの。
自分が信じられなかった。
猛彦やうちのお姉には相談できなくて、澄美さんに悩みを打ち明けたの」
「姉さん……に?」
「うん」
うなずいた拍子に、鼻からつぅ……と一筋の液体が垂れて、絨毯に落ちた。
一瞬の間の後、猛彦は弾かれたように笑い始めた。
「こ、康一朗!お前、鼻水が……ははっ!」
「笑うなよ!せ、せっかく俺、じゃなくて、私が勇気を出してしゃべっているのに……」
猛彦は笑いながらサイドボードにあるティッシュを数枚取り、立ち上がって彼女の鼻に当ててやった。
「ほら、ちーんってして」
「自分でできるって!」
身をよじる香純の鼻に、猛彦はティッシュを優しく押し当てる。
「いいから、ほら」
「……わかった」
ふん!と強い鼻息と共に、温かい物がティッシュに染み込んだ。
三度も鼻をかむと、鼻に溜まった物もなくなったようだ。
暖かかった。
徐々に感覚が失われつつある手に、ティッシュを通して香純の体温が猛彦の体に染み渡って行くようだった。
愛しい。
たまらなく、愛しい。
離したくない。
「猛彦?」

 

凍りついたように動かない猛彦の顔を、香純が覗き見る。
猛彦は180センチほどだが、香純は150センチ半ばと、身長差は30センチ近い。
不意に香純は抱きしめられた。
「苦しい……苦しいよ、猛彦」
「好きだ、香純。
離したくない……ずっと、一緒に居たい」
冷えた猛彦の体が震えている。
高ぶった感情が、彼の病に犯された体を揺さぶっているのだ。
「私も、好きだよ。
猛彦」
その一言でようやく解放された香純は、一歩後に下がって言った。
「あの……シャワー、浴びてくるから」
うつむいている彼女のほっぺたは、羞恥で赤く染まっているように猛彦には見えた。
「一緒に入ろうか?」
「バカ」
軽く手を上げてみせた香純の表情は、怒り50%、照れが45%。
残りはもしかすると、期待をしているのかもしれなかった。

ベッドサイドの灯りは落とされている。
天井の常夜燈のほのかな照明と、開け放たれた窓から入ってくる街の灯りが部屋に満ちている。
バスローブを着て出てきた香純は、黙ったままうつむいていた。
入れ違いに猛彦がシャワーを浴びに行く。
ユニットバスではなく、更衣室のある本格的なバスルームだ。
猛彦の身体中が、高ぶっていた。
服を脱ぐと、ここ数ヶ月は存在すら忘れかけていたペニスが、痛いほど張り切って天井の方を指し示した。

 

男なのに。
親友なのに、俺は……。

猛彦の心の中に、複雑な感情が渦を巻く。
だが股間のモノは、彼の迷いなど知った事かとばかりに透明な雫をほとばしらせている。
肌を焼くほど熱いシャワーを浴びる。
それでも、股間のたぎりは一向に収まる気配を見せない。
仕方なく彼は濡れた石鹸で体を洗おうとし、手を止めた。
この石鹸は、香純が使ったのか?そう考えるだけで、胸の中から熱い物がふつふつとわき上がってくる。
生きている。
僕はまだ、生きている!猛彦は急いで体を洗い、シャワーでシャボンを流し落した。
バスルームを出ると、白いバスローブが用意されていた。
香純がやったのだろう。
彼が脱いだ服も、ちゃんと畳んで置いてある。
大きなバスタオルで体を拭き、用心深くバスローブを羽織る。
注意しないと、ペニスが布地に擦れて射精してしまいそうだったのだ。
ふと鏡を見ると、黄疸で黄色く澱んだ肌に血行が蘇ったのか、体全体が健康的な、ほの赤い色に染まっていた。
きっと、この逢瀬を精一杯楽しめという、天からの贈り物に違いない。
猛彦はそう信じることにして、更衣室を出た。

香純は窓際にあるベッドの足下の方にちょこんと腰をかけ、外を見ていた。
猛彦はそっと近寄って、背後から香純を抱きしめる。

 

「ん……」
少しだけ身を固くさせるが、やがて力を抜いて猛彦に体を委ねる。
彼の手が胸の方に行くのを感じ、香純が言った。
「やっぱり胸、ちっちゃいよね?」
「ん?俺はこのプチパイが好きなんだけど♪」
「……バカ!」
まだ乾ききっていない、洗いざらしの髪に顔を埋める。
「いい匂いだな」
「恥かしいよ……」
猛彦の唇が、香純の耳に触れる。
「や、やめろよ」
「い・や・だ」
猛彦はそう言うなり、香純のバスローブの胸元に手を差し入れ、果物の皮でも剥くように、つるりと上半身を露にしてしまった。
「あっ!」
剥き出しになった胸を慌てて押さえようとするが、猛彦の手の方が早かった。
彼女の手をうしろに回すようにして、一気にバスローブを剥ぎ取ってしまう。
振り向こうとした香純を猛彦はベッドに押し倒し、彼女の上に乗った。
「た、猛彦……」

 

固くなった強ばりを体に押し付けられて、香純が恥ずかしそうに言った。
「ああ。
凄く興奮してる。
すぐにでも出ちゃいそうだ」
「お……私みたいなので?」
「いや。
香純だから、こんなになるんだ」
上から覆い被さっている猛彦が香純を見つめる目は、あくまでも真剣だ。
香純は、ふっと微笑んで手を伸ばし、猛彦を招いた。
「いいよ。
……でも、優しくしろよな」
「仰せのままに。
Mylady」
二人の唇が重なりあい、鼻を鳴らす甘えた吐息が部屋の中に溶けていった。

 

セミダブルのベッドの片方に、薄暗がりの中からふわり……と浮き上がるような、白い体が横たわっている。
「感じている?」
猛彦は香純の足をまたいで膝立ちをし、上半身を倒して左手をベッドに突いている。
そして右手の人差し指で、触るか触らないかの微妙なタッチで彼女の体をなぞっていた。
白のバスローブはもはや香純の体を覆っておらず、体の下に敷かれるように広がっている。
彼女は顔を両手で隠すようにしながら、猛彦が自分の体を指でなぞるのを見ないようにしている。
「そ、そんなこと、言えない」
「ということは、感じているんだね。
ところで、香純はAカップだっけ?」
「……Bだよっ」
どこか恥ずかしそうに反論してから、香純は見事に誘導尋問にひっかかった事に気がついた。
「別に、いいだろ。
胸のサイズなんか」
「その割には僕のこれについて、ずいぶん詮索してたみたいだけど?」
顔から手を外して猛彦を見た香純は、馬乗りになって自分の股間を指差している彼の指先にある物を見て真っ赤になり、頭の横にある枕をぶつけた。
「そんなもん、プラプラさせるなよっ!」
「いや、だって僕は男だし。
可愛い女の子の裸を前にして萎えている方が変だと思うけどな」
「ずるいぞ、お前。
なんでそんなに大きいんだよ」
「そうかな?大きさはあまり関係ないと思うけど」
とは言うが、実際の所、猛彦のそれは平均よりもかなり大きい。
香純が両手で握り締めても、先端が顔を出しそうなくらいだ。
「とにかく、それ、なんとかしろよ。
そんなの、入らないって。
絶対!」

「大丈夫だよ。
だから今、こうやって……」
猛彦が下半身に右手をやり、サーモンピンクの秘唇をつるりと撫でた。
「ひやっ!」
香純が奇妙な声を上げて身をよじる。
「うんうん。
感度良好。
ほら、もっと足を広げて」
「猛彦ぉ……。
お前、絶対性格変わったぞ。
前はもっと紳士的だっただろうが」
「可愛い女の子の前だと、獣になるんだ。
僕は」
暗がりの中にあっても香純には微笑む彼の顔がはっきりと見え、胸の鼓動が激しくなるのを押さえる事ができない。
「けっ……ケダモノだったら、さっさと触っちまえよっ」
香純は顔を横に背け、伸ばした脚をかかとが腿に付くまで閉じ、ゆっくりと足を開いた。
見ようによっては、赤ん坊のおむつを替える時のポーズに見えないこともない。
猛彦は、思いもかけない香純の扇情的なポーズに、体調の不調ではない目眩を感じた。
これで理性を保っていられる方が不思議だ。
猛彦は指では我慢できず、股間に直接顔を持っていって、薄い恥毛に翳る、もっとも秘めやかな場所に直接口付けた。
「やぁんっ!」
あまりに女の子らしい(肉体的には完全に女性なのだが)香純の声に、猛彦の股間は更に高ぶる。
このまま彼女を貫きたいという欲望を抑えるのに一苦労する。
「だめだって。
汚いから、やめろよ!」
香純が上半身を起こすと、猛彦が自分の股間に顔を埋めているのがわかる。
彼の頭に手を当てた瞬間、口から魂が抜け出てしまいそうな快感が香純の体を駆け抜けた。
「ひゃあぁぁんっ!」
勢いで猛彦の頭を股間に押しつけ、足で左右の側頭部を挟み込むような形になってしまったが、彼の股間への愛撫は止まる気配をみせない。

 

舌を広げて陰唇を舐め上げたかと思えば、膣に舌を差し入れ、ぐるぐると内側をかき回す。
そのまま舌を上に丸めるように持ち上げ、舌先でクリトリスの裏側あたりを刺激してくる。
「うふん……んふぅ……ん~ぁ……んんっ!」
最も敏感な粘膜を舌や唇を使って大胆に攻めてくる猛彦の行為に、香純は我を忘れて喘いだ。
恥かしいという思いも、自分が男であったことも忘れて、鋭い連続的な快感に身を委ねる。
「香純のここ、すごく可愛らしくて、最高だ」
いつの間にか猛彦が愛撫の手を止めて、股間から顔を上げていた。
「だっ……誰と比べてるんだよ」
顔を上げると、少しコンプレックスを感じないでもない胸の膨らみ越しに、猛彦の顔が見える。
卑猥な構図だ、と香純は思った。
親友に脚を広げられて、一番恥ずかしい場所を舐められている。
薄い恥毛は彼の唾液でべっとりと濡れ、肌に張りついている。
興奮さめやらぬ女性器は、いつもの閉じた状態ではなく、ほころんだ薔薇の蕾のように内側の粘膜をさらけ出していた。
「誰って、誰でもないよ」
香純が股間を隠そうとするのを手で退けながら猛彦が答えた。
「最高ってことは、最低とかもいるんだろ」
「なかなか鋭いね、康一朗は」
胸がまた、きゅうっと締めつけられる。
「香純って呼んでくれよ……ね。
わ、私は、女の子だから……」
「十九歳にもなって”女の子”というのも、世間的にはどうかな?」
「もう、何を言っているんだよ!は、早く済ませろよ……ね」
まるで徒競走をし終えた時のように心臓の鼓動が最高潮に達し、耳元でシンバルが鳴っているようだ。
息も苦しい。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」
香純は、ぎゅっと目をつむった。
ベッドが揺れて、自分の上に猛彦がのしかかってきた。
思わず香純は目を開けてしまう。
目の前に、猛彦の顔があった。
「んんっ……」
唇が重ねられ、舌が口の中に侵入してくる。
一瞬戸惑った香純だが、猛彦の背に手を回し、彼の舌を受け入れた。
顔と顔が動き、互いの舌をもつれあわせる。
時々口を離し、くちばしをつつきあわせるように、相手の唇をついばむ。
最初は気になっていた相手の唾液も、やがてまったく気にならなくなっていった。
長い長いキスが終わって、猛彦と香純は十センチくらいの距離で見つめあう。
「ふぅ……。
セカンドキスが、こんなディープキスだなんてね」
「あれ?康一ろ……じゃない。
香純は、中学校の時にキスしてたし、初体験も中学三年で済ませただろう?」
「バカ!それは俺、じゃなくって、私が男の時の話。
女としてのファーストキスは、さっき道でした、あれがそうだったんだけどね」
猛彦は、香純が告白をする直前のキスを思い出し、自分の口に手を当てた。
「あれがファーストキスだったのか。
……くそぅ。
そうだと知っていたら、もっと舌入れてやればよかった」
「猛彦、ものすごく性格悪くないか?」
「好きな子の前だと、つい、いじめたくなるんだ」
口を尖らせて文句を言った香純に、また唇を重ねる。
顔をしかめていた香純も、すぐに体の固さが取れて、ゆったりと猛彦を受け入れる。
唾液の交換を終えると、猛彦が体を離した。
切なそうな顔をした香純に、猛彦が微笑みかける。
「どうしたの?」

 

「ん……なんか、すごく変な感じ。
猛彦とこんなことするだなんて、思ってもいなかったから。
でも、苦しいんだ……猛彦のことを考えると、胸が苦しくなる。
前にも経験したことがあるから、それが恋だってのはわかってた」
香純の告白に、猛彦は微笑みで応える。
「変だよね。
心は男なのに、男に恋するなんて……さ。
猛彦はもてたし、私なんかよりもっといい人がたくさんいると思うんだ」
「いや。
僕は香純がいればそれだけでいい。
僕は一生、香純だけを愛し続ける」
微塵も迷いが見えない猛彦の言葉に、香純は何と答えていいのか迷う。
少しの間考えて、香純はこう言った。
「あのさ。
猛彦も知っているけど、私も、康一朗としては恋人もいたりしたわけだ」
「うん、知っている。
朱音(あかね)さんだろ?」
朱音とは継森という名字の、口数の少ないおとなしい女性で、康一朗よりも一歳年上の恋人だ。
正確には過去形であり、康一朗が女になってからは恋人ではなく、年上のお友達という関係になってしまっていた。
「この一年は、そりゃ女同士だし、そういう関係というか、えっと……つまり、えっちはしてなかったわけだけど、それ以前は結構してた。
それってやっぱり、言っておかなきゃいけないと思う」
少々混乱しているのか、香純は言わなくてもいい事を口走り始めた。
「週一くらい?」
「……んっと、する時は、週三くらいのペースで。
週の半ばと、土日に泊まりがけで、とか」
朱音は音大に通っていて、ヴァイオリンを専攻している。
練習をする関係上部屋は入念な防音設備が整っていた。
少々大きな声を出しても外に声が漏れないので、男子禁制のマンションとされていながら、けっこう出入りが多かったのは公然の秘密だった。
「その前にもセックスまでいった女の子は何人かいるよね。
朱音さんはおいとくとして、高校の時の双恵(ふたえ)ちゃんも入れると、何人になるのかな?」

 

「ん……っと、五人、かな?」
「じゃあ、僕より全然少ないよ。
問題ないって」
その言葉を聞いて、香純がむっとした顔で言う。
「じゃあ、猛彦は何人の女の子と付き合っていたんだ?十や二十ってことはないよな。
だいたい、俺が知っているだけでも十人越えているんだからさ」
「香純は立派なレディーだよ。
男はそんな風に嫉妬したりしないって」
「うっ……あ、ちょっと待て!猛彦、話を逸らすなよな」
嬉しいのか嬉しくないのか、香純は複雑な表情になってしまうが、すぐに話をそらされた事に気がついて文句を言う。
「そうじゃなくっ……んんっ!」
キスで唇を封じられてあらがうが、すぐに抵抗をやめて猛彦に身をゆだね、体の力を抜く。
「……猛彦、ずるい」
すっかり骨抜きにされてしまった甘えた顔で、香純は猛彦を見つめる。
キスがこんなにも気持ちがいいものだとは、男だった時には絶対に思わなかった。
朱音がキスをねだるのが面倒にさえ思っていたが、今ならば彼女の気持ちがわかる。
愛する人とのキスは、女にとっての最良の媚薬の一つなのだ。
猛彦は香純の顔を見つめながら言う。
「だから、僕はもう絶対に香純一筋だから」
「私は、心は男なんだよ?」
「それでも香純がいいの」
「おおざっぱだし、すぐ手が出るし、嫉妬深いし……」
「そういう所が好きなんだ」
「料理もあまりできないし……。
あっ。
た、猛彦と……その、けっ、結婚するにしても、私はお医者さん関係のことは全然わかんないし」
「そういうことは、心配しなくていいから。
僕にすべてを任せて」

 

「あの、ほら。
けっ、結婚というのは別にほら、処女をあげるから結婚しろと迫っているわけじゃないぞ。
誤解してほしくないんだけど」
「僕はずっと前から、香純一筋なんだ。
結婚するなら、香純しか考えられない」
「ちょっと待て!猛彦はホ……」
慌てた香純を黙らせるように頬に口付けをして、猛彦は言った。
「違うよ。
康一朗が香純になってしまった時から、かな。
その時から僕は、香純しか目に映らなくなっていたんだ」
真っ向一直線のストレートな愛の告白に、香純の心臓はバクバクしっぱなしだ。
香純は頬を真っ赤にしながら、今度は自分の方から話題をそらした。
「あのさ……さっきから足に固いのが当たっているんだけど」
「あ、これ?」
「だから、ぶらぶらさせるなって……」
なんだかんだ言いながら、しっかり見ている香純である。
「いやあ。
そろそろこうして、腕立て伏せみたいな格好をしているのにも疲れてきたし」
「病人がこんなことをしてていいのか?」
「一番の薬は、香純の体だよ」
さらっと言ってのける猛彦の言葉に、香純は言葉を失う。
「……驚いた。
猛彦って、そうやって女を口説いていたのか」
「言っておくけど、僕はベッドで口説いたりしないよ。
そういうのは野暮だからね」
「じゃあ、私は野暮なんだ」
すねたように、また唇を尖らせる香純を見て、猛彦がくすっと笑った。
「何がおかしいんだよ」
「いや、それって香純が小学校の頃の癖そのまんまだからさ。
さすがに高校にもなるとそんなことはしなくなったみたいだけど、女になって、心も小学生になっちゃったのかな?」

 

「褒められているようには聞こえないんだけど」
「うん。
褒めてないから」
「帰る!」
体を横にひねってベッドから降りようとした香純を、猛彦は腕の力を抜いて上からのしかかり、逃がすまいと両手で抱きしめた。
「こら、やめろって!」
「もう我慢できないよ。
僕は一刻も早く、香純が欲しいんだ」
背中から羽交い締めにされて、香純は動く事ができない。
「うん……でも、優しくしてくれよ?は、初めては痛いって言うからさ」
「香純がバージンだってのは、さっき確かめておいたから」
「さっきって……あっ!」
股間を舐め回されていたのを思い返して羞恥に火照る香純の体を、猛彦は身を起こして、あっという間に両脚を抱えてしまう。
そうしてから、やや屈曲した姿勢を取らせて、自分の先端を香純の秘められた場所に軽く押し当てた。
「ちょっ、ちょっと待て!猛彦、まだ早いっ!」
「だから、もう我慢できないんだって」
「お、女は心の準備が必要なのっ!」
都合のいい所だけ女を主張する香純を、猛彦は黙って受け入れる。
しばらくそのままの姿勢でいたが、香純は目を閉じたまま軽く肩をすくめて、何も言わない。
猛彦が待ちきれずに、そっと囁いた。
「いくよ」
「うん……」
猛彦が腰を進めようとすると、香純は体を縮めるようにして体に力を込めてしまう。
体を割り開いて未知の領域に入ってくる物に対して、身構えてしまうのだ。
猛彦は何度かやり直しをしたが、その度に彼女は同じ反応をして緊張を解こうとしない。
このままでは、少々破瓜の痛みを増してしまう可能性がある。

 

「やっぱり香純は可愛いなあ。
ほら、こことか」
「へっ?」
思わず目を開いて下半身を見てしまった香純の隙を捉らえて、猛彦は腰を突き入れた。
軽い抵抗の後、やがてこれ以上進めないという所まで押し入る。
香純の目尻に、うっすらと涙が浮かんでいた。
「ちょ……ちょっと痛い……かも。
猛彦、騙したな?」
「緊張してたら、もっと痛かったと思うよ」
「……うん」
香純は、猛彦が少し腰を引いた時にうっすらとにじみ出てきた赤い物を見つめながら、生返事をした。
「香純……さ。
香純のここ、すごく良すぎる」
切なそうな猛彦の言葉に、香純はつい聞き返してしまう。
「何が?」
「きゅっと締め付けられて、内側がぷりぷりしててさ。
名器だよ、これ」
「お、男に褒められても嬉しくないっ!でも……」
「でも?」
香純は体が熱くなるのを感じながら、言った。
「あなたに言われるなら、それでも、いい……かな」
この瞬間、猛彦は得も言われぬ極上の締め付けを味わって、射精欲を押さえることができなくなっていた。
単純な締まりではなく、柔らかく、それでいながらツボを押さえた絶妙の締め加減は体を動かさなくともゆっくりと蠢き、今までに経験したことが無い気持ちよさだった。
「香純、ゴメン!」
猛彦はそのまま、腰を上下に動かし始めた。
「うわっ、きゃっ!た、猛彦っ、やめてっ!」
だが猛彦は返事をする余裕も無かった。
ただひたすら込み上げてくる射精欲と戦いながら、香純の内部を擦りあげる。

 

「やんっ!だめぇ、たけひこぉ……ひぃんっ!」
香純は猛彦の首に手を回し、しがみつくようにしながら、疼痛を忘れ去ってしまうほどの未知の感覚に恐怖を感じていた。
射精する前の急速な快楽上昇カーブに似ていながら、その深さは男の快感とは比べ物にならない。
一分もたたないうちに、猛彦にも限界がやってきた。
「香純ぃぃっ!」
猛彦が最後に深く腰を打ちつけ、最奥に向けて情欲の印をほとばしらせる。
「いやぁ!いくぅぅぅぅっ!」
香純もまた、生まれて初めてのエクスタシーを知り、二人は同時に叫び、絶頂に達した。
熱い飛沫が体の奥に注がれるのを感じて、香純はふんわりと落ちてゆくようなエクスタシーの余韻に浸りつつ、改めて猛彦の体をぎゅっと抱きしめた。

「ダメ、絶対にダメ。
嫌だ!」
処女の証で一部が赤く染まったバスローブで前を隠しながら、香純はバスルームの方に後退りしてゆく。
とりあえず血だけでも少し洗っておこうとした彼女を、猛彦が僕もついていくと言ったのがそもそもの始まりだった。
「一緒に風呂に入ろうよ。
ほら、香純もべとべとしてるの嫌だろ?」
「そんなことより、前、隠せよっ!」
「いいだろう?昔から一緒に風呂に入っていたし、見慣れたもんだろ。
それに、香純だって僕の裸は見ただろ。
今更隠す必要もないよ」
「それとこれとは、別っ!」
顔を真っ赤にさせて、香純がバスローブを投げつけるが、空中で広がったために猛彦に届かないうちに床に落ちてしまう。
「猛彦、お前、絶対に変!もっと紳士だと思ってたけど、見損なったぞ!」

 

「この世の見納めに、香純の全部を見たいんだけどなあ……」
悲しそうな表情で言ったわりには、股間のモノは凄い角度で元気にそそり立っている。
「そう言われたら断れないだろ……。
でも今日の猛彦、絶対に死にそうにもないように見えるぞ」
「うん。
僕も、死ぬ気がしない。
なんか、元気が出てきた」
「じゃあ、見るな」
「見るなと言われると、余計に見たい」
こうもはっきり言われると、返す言葉が無い。
「それに猛彦。
私が中に出してもいいって言わなかったのに、勝手に中で出しちゃって……妊娠したらどうすんだよ」
「大丈夫。
責任取って、結婚するから」
「まあ、今は高温期に入った所だから、妊娠の心配はほとんど無いんだけどさ。
でも猛彦は、義務で結婚するとか言ってるのか?」
売り言葉に買い言葉だ。
だが言葉を交わしながら、猛彦は徐々に香純との間合いを詰めている。
まるで武芸者のようだ。
「そうじゃないよ。
僕は、香純が妊娠しようがしまいが、ゆくゆくは結婚するつもりだからね」
「ちょっと待って!……猛彦、さっきから結婚結婚と言っているけど、プロポーズの言葉って何だったの?」
「ん?」
首を傾げて考えてから、猛彦が言った。
「結婚しよう、だろ?」
「違う!その、ほら。
初めて結婚を申し込む時の言葉って、大事じゃないかな?それが何だったか、ほら……憶えておきたいじゃないか」
うつむいて指を擦り合わせる香純の姿を見て、猛彦の体の内側に爆発的な愛情が膨れ上がった。
大股で歩み寄って彼女を抱きしめる。

 

「ああっ!もう、本当に香純は可愛いなあ!」
「バカ、苦しいだろ!」
口では文句を言いつつも、幸福な拘束感を味わう。
猛彦は香純の耳たぶを唇でついばんで、言った。
「じゃあ、これがプロポーズ。
……一生離さない。
いや、永遠に離さない。
僕には香純が必要だ」
「うん……」
「結婚しような」
「うん」
とくんとくんと暖かなリズムで胸を打つ心臓の鼓動を互いに感じながら、二人は絡み合うような、長い長いキスを交わすのだった。

シャワーでお互いの体を流しあうと、猛彦はまた香純の体を求めてきた。
しかし香純は、まだ体の中に残っている余韻を味わっていたかったし、そう何度も続けて身を委ねるのは、何となく損なような気がした。
だから香純は、はやる猛彦をやんわりとなだめ、風呂に浸かることを提案したのだ。
無意識のうちに女の武器を使いこなしている香純だった。
二人が一緒に入ってもまだ余裕のある、ユニットバスとは比べ物にならない快適な湯船に浸かりながら、まずは香純が話を始めた。
最初は、男と女の体についての話だったのだが、やがて女は胸を揉まれると本当に胸が大きくなるのかとか、ポンプ式のペニス増大機は効果があるのかなど、二人の会話は普通の、なりたての恋人同士では絶対にしないような変な方向にどんどん進んでいった。
猛彦の、女性はセックスを経験する事で体の仕組みが変わってゆくという言葉に対して、香純はこう言った。

 

「だったらさ、男だって初体験をしたらホルモンバランスが変わらないのは変じゃないかな」
「男には童貞膜というのは無いし、女性みたいに一月に一度の排卵も無い。
もっとも、処女膜は初潮が来て月経が始まれば不必要だし、そこに特別な意味なんてないんだ。
変化は精神的な安定感からくるものなんだと思うよ」
「でも、ほら。
男にだって金……」
香純が言いそうになった言葉を、猛彦が手のひらで彼女の口を押さえた。
「女の子がそういう言葉を言っちゃ、ダメ」
「別にいいだろ。
元々男だったんだし」
「でも、今は女だろ?それにベッドでの香純は本当に可愛い女の子そのものだったなあ……」
「バカっ!恥ずかしいこと言うなっ!」
香純はお湯を手ですくって、猛彦の顔にかけた。
「つまり、その、あれだ。
あれは、男性ホルモンとかいうと関係しているんだろ?男だって童貞を無くしたら、精神的に変わるぞ。
うう。
でも、あれを舐めるなんて、考えただけで気持ち悪いな」
「それって、これかな?」
猛彦がバスタブから立ち上がると、ちょうど香純の目の前に彼の男性自身がゆらゆらと揺れて見えた。
「こらっ、このバカっ!変態!露出狂っ!」
お湯をばしゃばしゃかける香純に向かって、猛彦が言った。
「触ってごらん」
「さ、触れって……ええっと……」
お湯に浸かってだらんと弛緩しきっている竿と袋を見て、香純は唾を飲み込む。
よく考えるまでもなく、こうやって他の男の性器を正面から間近で見るのは、初めてだった。
「やっぱり、猛彦のこれって大きいよね」

 

右手で竿をつまむようにして軽く持ち上げ、剛毛の茂った股間の下に泰然としている皺のある袋を、左手で持ち上げてみる。
たちまち、猛彦の竿は硬さを増し、屹立してしまった。
「ちょっと香純……お願いだから、そーっと触ってくれるかな。
痛いのは知っているだろ?」
「あ、そうか……男の弱点だもんな、これ」
そう言いながら、香純は猛彦の股間に顔を近づけた。
「香純、何を……うわあっ!」
持ち上げた袋の片側を香純がぱっくりと口に含み、舌先で転がし始めたのだ。
今まで体験したことのない感覚である以上に、香純がこんなことまでしてくれたという事実が彼を高ぶらせる。
「ふわぁ……口の中に毛が入って気持ち悪いな。
でも、猛彦。
気持ち良かっただろ?」
「いや、それほどでも……」
実際には潰れそうだとか、噛まれるんじゃないかという不安でそれどころではなかったのだが。
「そ、そこまで言うなら、私だって、かっ、覚悟はできているんだからねっ!」
言うが早いか、今度は舌を出して亀頭の裏筋を舐め、そのままペニスを口に含んでしまった。
「うっ……か、香純ぃ!」
ぎこちなさこそあるが、初めてのはずなのに妙に巧い。
なによりも、感じる場所を的確に攻めてくる。
さすがは男として生きていただけのことはある。
羞恥さえ取り払ってしまえば、女にはなかなかわからない、ツボを押さえたフェラチオができるのかもしれない。
頬の内側でこすられたり、カリの部分を舌でぐるりと舐め回されたり、尿道を吸われたりしているうちに、猛彦はむずがゆい射精衝動を押さえきれなくなってきた。

 

猛彦がもじもじと腰を動かすので、香純はようやくフェラチオをやめて猛彦の顔を仰ぎ見た。
「ん……も、もう……動かないでよね」
文句を言っている間も、香純は陰嚢(要するに金○袋)をやわやわと指を使ってまさぐり、右手ではマイクを握るようにして、親指の腹で裏筋の敏感な箇所をくすぐっている。
「そう言われたって、香純がこんなことをしてくれてるってだけで……あうっ!」
思わずうめいた猛彦の太腿を、香純はぴしゃりと叩いた。
「気持ち悪い声出すなよ。
こ、こっちだって必死なんだから」
半透明のぬるっとした液体が香純の指を濡らし、男の匂いが香純の本能を刺激している。
彼の匂いが、なにもかも、たまらなく心地好い。
「ああ……猛彦の匂い、なんかどきどきするよぉ……」
「香純、さ。
もう出ちゃいそうなんだけど……そのままだと、顔にかかちゃうよ?」
「えっ!?顔はやだ。
ダメっ!あと、飲むのも嫌だ」
「じゃあ、先にバスタブから出ててよ。
ここで、してもいいだろう?」
「……うん」
牡の匂いを嗅いで、香純の牝の部分が発情してしまったようだった。
一年前までは男だったし、ついさっきまでまっさらの処女だったのに、もう自分の体は男を受け入れるのが当たり前のようになっている。
小さな腰掛けに座っていた香純を猛彦は両手で軽々と抱えて、バスタブに体を半分出すようにして座らせ、お尻を突き出す格好をさせる。
「ちょっと待って、猛彦。
まさか、これでするの?」
「怖いなら目をつぶっていた方がいいよ」
慌てて香純は目を閉じた。
続いて、猛彦が自分のお尻に手を当てて左右にぎゅっと広げた。
ぴちっと何かが弾けるような音がして、股間に変化が起こったのが香純にはわかった。

 

「わっ、猛彦!見るな、見ちゃダメっ!」
だが猛彦は香純の言葉には答えず、ペニスの先端を香純の秘唇に当て、ゆっくりと腰を突き入れてきた。
「ああ……来る、来る……入ってくるよぉ……」
挿入する所が見えないだけに、神経が股間に集中してしまっているようだ。
やがて、体の奥に何かが突き当たるような感覚がして、香純は軽く顔をのけぞらせる。
「わかった?香純の底の方まで入ったよ」
「やめろって、そういう……んやぁっ!」
尻を両手で撫でられ、ぞわりと肌に粟が立つ。
気持ち悪いのではなく、その逆だ。
シャボンでぬめった猛彦の両手が尻から腰へ、そして腹の方へマッサージをしながら進んでゆく。
香純は自分でも気がつかないうちに、腰を軽く振っていた。
猛彦は香純の動きに合わせながら、腰を動かす。
彼の手が止まっても、香純の腰の動きは止まらなかった。
「んーふぅ……やぁん…………ん~……」
ぴたぴた、くちゅくちゅと何種類かの湿った音と、香純の甘い声がバスルームを支配する。
猛彦も大きくは動かず、香純のクリトリスのあたりに手をやって、弱い刺激を与える。
体の奥の方でずきずきとする痛みがかすかにあるが、それ以上に、体に割って入ってくるたくましい存在が、香純を突き動かす。
クリトリスからの刺激も断続的にやってくるので、たちまち彼女は絶頂へと駆け昇っていった。
「やあっ!やぁん、いやぁ……んく、んくぅっ……ふっ、いふっ、ふぅ……」
体が無重力状態なのか、それとも凄い重力で地面に押さえつけられているのかわからない感覚に襲われ、香純はバスタブのふちをしっかりと握り締める。
と、そこで猛彦の動きが止まった。
「やっ、やぁっ!猛彦ぉ、止まらないでぇ……」

 

「香純が寂しそうだったからさ。
ほら」
彼女の右足を持ち上げて反転させ、器用に自分と向き合う格好にした。
もちろん、挿入したままだ。
膣内をかき回されて、香純の意識が白くなりかける。
だが、続けてきた強烈な刺激が、彼女の意識を呼び戻した。
バスタブに腰を下ろす格好だが、両膝の裏で抱えられて少々不安定なのが怖い。
猛彦の首の後に手を回してバランスをとる。
彼女の頭の中に、駅弁ファックという言葉が浮かぶ。
猛彦が膝立ちの姿勢であることと、自分のお尻の下にバスタブのふちがあるという違いはあるが、体位としてはそれに非常に近い。
猛彦が腰を動かすと、彼のくびれの部分が体の中をこすっているのがわかった。
「あはぁ……いいっ……」
「素直でよろしい」
「ん……」
目を閉じて顔を傾けると、すぐに猛彦がキスをしてくる。
長い間男だった香純は、支配する快感しか知らなかったが、こうやって相手に身をゆだねるのは、それとは違った喜びがある。
人に甘えるという行為は、なんとも気恥ずかしく、それでいて幸福で体が一杯になってしまいそうな不思議なものだった。
「猛彦……大好きっ」
もう、男だったなんてことは気にならない。
だって彼は、自分を女として認め、愛してくれるのだから。
「猛彦ぉ、たけひこぉ!好きぃ、大好きぃっ!」
「僕も、香純がっ、好きだぁっ!」
最も奥を突かれて、香純がのけぞる。
その拍子に猛彦も絶頂に達し、二度目とは思えないほど大量の精を香純の奥にぶちまける。
射精を感じ、香純は更に高みに昇り詰める。

 

「いひゃぁぁぁぁぁぁっ……」
香純はがくがくっと体を震わせて、意識を失ってしまった。
心配して香純の様子を見ていた猛彦だが、やがて意識を回復して恥ずかしがる彼女を見て、いとおしさが込み上げてきた。
猛彦は裸の香純を抱きしめ、首筋や胸にキスの嵐をみまった。
「猛彦、体に障るから……」
と、あまりの張り切りように香純が言うと、「我慢する方が、絶対に体に悪いって」
猛彦はきっぱりと返してくる。
こう言われれば、言葉の返しようもない。
それに、今の猛彦は生き生きとしている。
とても重病人には見えない。
こうやってセックスをすることで病気が治ったとは考えられないが、彼が元気になるのなら、止める理由もないだろう。
とは言うが実の所、香純はたった二回の挿入ですっかりセックスの快楽に開眼してしまい、理屈をつけてセックスをしたいという理由の方が大きかった。
こうして二人は、互いの体を洗いあいながら、またしても体を求め始め、バスルームには、すっかり女の悦びを知ってしまった香純の、糖蜜のような甘い喘ぎ声が響き渡り始めたのだった。

猛彦が目を覚ますと、腕に軽い重みがあった。
左の方に顔を向けてみると、香純が自分の左腕に頭を乗せて、すやすやと寝ている姿が目に入った。
さすがにセミダブルだと二人で並んで寝るには少し狭く、必然的に体を寄せあうような格好になる。
「うーん。
昨日は、いや、今日の4時を回るまでずっとやってたもんなあ」
お姫様を起こさずにどうやって手を外そうかと考えているうちに、香純が寝返りをうったので、猛彦は腕枕から解放された。
危うくベッドから落ちそうになった彼女の腰に手を回し、ぐいと引き寄せたが、起きる気配は無かった。

 

「さて。
今日はどうするかな……」
時計は既に朝の7時近くになっている。
猛彦はフロントに電話をし、いくつかの応答をしてから、シャワーを浴びに行った。
最初はする度にシャワーを浴びたりしていたのだが、回数が多くなるにつれて面倒になり、最後は自分でも呆れるくらい、香純の中に出してしまったのを憶えている。
「結局、最後には香純も飲んでくれたし……。
ああ、僕ってそんなに鬼畜だったかなあ?」
嫌がる香純の姿がどうしようもなく可愛らしくて、つい余計な要求をしてしまった事を反省した猛彦だが、股間のものは、そんなことなどお構い無しに、無節操に元気一杯であることを主張していた。
「うーん……朝立ちなんて久し振りだな。
疲れているはずなのに調子はいいし、どこも痛くない」
鏡に向かって舌を出したり、まぶたの裏をめくってみたり、肌のつやを見たり脈を取ってみたりしたが、ここしばらく感じていた体の重さも、ほとんど感じない。
しばらく鏡の前で濡れた体をさらしていた猛彦は、冷えて寒くなってきた体を暖めるために熱いシャワーを浴び、体を拭きながら部屋に戻った。
「えーっと。
あの……おはようございます」
裸のままの香純がベッドの上に正座をし、両手を揃えて猛彦に頭を下げた。
「……ぷっ!それ、何の真似?」
猛彦の言葉に、香純は反射的に頭を上げて、拳も一緒に振り上げた。
「酷いぞ。
人がせっかく、朝の挨拶をしたのに!」
「香純にはそういうの、似合わないって」
「何かそれ、すごーく侮辱されているような気分だな」
唇を尖らせて怒る香純を見て、猛彦は笑った。
「そうそう。
香純は自然のままが一番。
無理して丁寧な言葉遣いにする必要なんかないから」

 

「あの……さ。
やっぱり、私、女だし。
言葉遣い直す、わ……ね」
「僕は、今のまんまの香純がいいんだ。
だって、香純が可愛いってことを知っているのは僕だけなんだからね」
「ちょっと待て!それじゃ、お……私が、美人じゃないってこと?」
「そうじゃないよ。
香純は僕にとって、世界で一番なんだ。
可愛くて、元気がよくて、すぐに僕のことをバカって言うし、意地っ張りで素直じゃなくて、思い込みが激しくて、そそっかしくて……」
「可愛いのと元気は良しとするにしても、後のは褒めてないような気がするぞ」
香純が言うと、猛彦はニッと唇を歪めて言った。
「わかっちゃった?」
「こっ……このぉっ!」
猛彦はベッドから立ち上がって突っかかってきた香純を易々とあしらい、膝の裏と腕の下を持って横に抱きかかえ、ベッドへと運んでゆく。
「さて、朝ご飯はもう少し後でもいいだろ?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、猛彦!」
抱きかかえられたまま、香純は手足をじたばたさせて抵抗する。
「もう、待たないよ。
香純が可愛くてしょうがないんだ。
このまま、ずっと香純とエッチをしていたいくらいだよ。
香純もそうだろ?」
「違うよぉ……猛彦が、したいって言うから、仕方なくするんだよ?勘違いしないでね。
それに、チェックアウトしなきゃならないだろ」
「はいはい。
今日もこの部屋を取っておいたから、このまま泊まり掛けで色々な事をしような。
まだ香純にしてみたいことは山ほどあるからさ」
「ちょっと待って!猛彦、それって……」
顔を猛彦の方に向けて、香純が目を丸くして言う。
「ああ、もう何も聞こえないなあ。
僕の耳、病気になったみたいだ。
ほら、香純、いくよ」

 

「こらあ!バカ猛ひ……やぁあんっ!そ、そこ……浅いとこばかりなんて、やだよぉ。
でも……いい……」
ベッドが軋む音と甘えた声は、とても長く長く続いた。

誰もが奇跡だと口を揃える猛彦の病の回復を二人が知るのは、年が明けてからのことになる。

「ああ、見てらんないわぁ……」
ホテルの建物から遠く離れた、人が入れないはずの高層ビルの屋上に、寒くないのかと尋ねたくなるほど肌を露にした服装の妙齢の女性がいる。
「まったく、昨日から何回目?十回は軽く越えてるよ。
ちょっとは遠慮ってものを知らないのかしらね。
……ああ、外に向かって股なんか広げちゃって。
見られても知らないわよぉ」
ぶつぶつと文句を言い続ける金髪の女性は、メイアという名の悪魔だ。
立ったまま文句を呟き続けている彼女の傍らには、まだ少女の域から抜け出てない幼い顔つきの、こちらはさらさらとしたプラチナシルバーの短髪の女の子が、打ちっぱなしのコンクリートの上で手持ちぶさたに座り込んでいる。
着ているのは黒の皮ジャンと、これまた寒くないのかと問い質したくなる薄い白のシャツに、腿も露なカットジーンズだ。
もし香純が彼女を見たとしたら、勝った!と思うに違いない。
はっきり言って、この少女の胸は、無いに等しい。
ある種の趣向がある人には強烈にアピールする、ロリータ系の美少女だ。
「ねえ、メイアお姉様?」
「黙ってなさい、ニオ。
今いい所なんだから!わっ。
一晩でアナルまで開発しちゃったの?最近の子って、激しいのねえ……」

 

どことなく羨ましそうな顔をしながら、じっと遠くを見つめている悪魔のメイアに向かって、ニオという少女が言った。
「どうして契約失行しちゃたんですか?」
「あーっ!それを言わないでちょうだいっ。
本気で悔しいんだから。
振られて気落ちしている所を交通事故でドカン!ってやって、魂を刈ってやろうと楽しみにしてたのよ」
「もしかして、お姉様。
ゲームに負けたんですか」
「まー、ね」
メイアはビルの縁に立ったまま、片足をあげて器用にくるり半回転して、ニオの方を見た。
「勝てる!と思ってたんだけどさ……」

悪魔のメイアと契約したのは、島崎猛彦という名の男性だった。
大病院の経営者の息子であり医大生でもある彼は、将来が保証されているようなものだった。
父親の周りにいる人から、娘はどうかと言われることは珍しくなかったし、連れ回すガールフレンドやセックスの相手に困る事も無かった。
香純にはああ言ったが、彼が関係した女性は三桁近くにも及ぶ。
友人も裕福な家庭の子弟がほとんどだったし、選ぶ相手には事欠かないはずの猛彦だったが、彼にも贅沢な悩みがあった。
どうしても、結婚したいという相手に巡り合えないのだ。
もちろん、釣り合いの取れる家柄の女性は何人も知っているし、ゆくゆくはこういった人の中から結婚する人を選ぶことになるのだろう。
でも猛彦は、愛の無い結婚をする気には、どうしてもなれなかった。
そこに現れたのが、悪魔のメイアだった。
彼女は猛彦の贅沢な悩みをいとも簡単に見抜き、契約をしないかと言ったのだ。

 

彼の願いは、「一生を共に生き、愛し、愛され続けることができる女性と出会いたい」
というものだった。
もちろん、悪魔がそう簡単に願いをかなえるわけがない。
一生だなんて長すぎる。
魂を持って行くのに何十年も待つほど、メイアの気は長くなかった。
一生という言葉を彼が明確に定義していない以上、その範囲は悪魔側の判断で自由に決めることができる。
出会った瞬間に事故死でも演出してやろうかと思ったが、彼女の心に生来の悪戯心が沸き上がり、メイアは彼に一つのゲームを提案した。

『では、運命の相手と巡り合わせてあげよう。
その女性があなたを心から愛するようになったならば、魂を持って行くという契約は無効になるとする。
彼女と末永く暮すがいい。
ただし、彼女が一年後にあなたを拒否した場合、すぐにあなたの魂を頂いてゆく』

猛彦は、悪意を込めた巧妙な悪魔の企みに気づくことができなかった。
いや。
想像すらできるわけがない。
クリスマスの日の朝、珍しく自宅で目が覚めた彼を待っていたのが、康一朗からの電話だったのだ。
彼は、悪魔との契約を忘れてしまっていた。
正確には、メイアが記憶を消したのだ。
だから電話の主が、悪魔がセッティングした運命の相手である事も知らなかったし、彼との間に愛が芽生え、成就しなければ魂を刈られてしまうことも憶えていなかった。
ただ、運命の女性を得たいという強迫観念に近い想いを除いて……。
そしてその日から、メイアが猛彦の体に仕掛けた病の芽もまた、育ち始めたのだった。


「そういうことだったんですか」
「あたしは何も言ってないけど?」
「お姉様と私はぁ、以心伝心、一心同体なんですぅ。
キャア、言っちゃったぁ♪」
ほっぺたに手をあてて体を左右にくねらせるニオを見て、メイアは軽いため息をついてから言った。
「ま、ただ幸せになってもらうのもなんだからさ。
ちょっと仕掛けも、させてもらったわけ。
2ヶ月後をお楽しみにってやつね」
メイアは人差し指を横咥えし、不敵な笑みを浮かべた。
「生理を調節して妊娠でもさせたんですか?それって、天界の領分じゃないんでしょうか」
メイアは黙ったまま、ニオの頭に拳を振り降ろす。
鈍い音がしてニオは頭を抱え、みーみーと猫のような声をあげて泣き始めた。
「お姉様、酷いですう……」
「あんたは見習い悪魔なんだから、黙ってあたしの言う通りにしてればいいの。
……ったく、手間がかかるったらありゃしない」
魔界の時の流れは異常に遅い。
なぜならば、地獄を抱えた魔界は、その存在故に、罪を抱えた魂の贖罪の場として、天界よりも間延びした時が流れている。
例えば、人間の世界の一年が天界では千年にも感じ、魔界では数万年にあたることもある。
こうして長い月日を経て、魂は再び地上に舞い戻ってくるのだ。
「あんた、憶えてる?」
「何をですか?」
メイアの問いかけに、ニオは頭にできたコブをさすりながら答える。
「憶えていなけりゃいいわ。
ま、魔界時間で二万年もヤりっ放しじゃあ、忘れちゃっても仕方がない……か」
「??」

 

きょとんとして自分を見つめるニオの頭を平手でグリグリこすって、メイアは背中の黒い翼を広げた。
それを見て、ニオも慌てて小さな翼を広げる。
「お姉様、どこに行くんですか?」
「こういう日はね、自棄になってる奴も多いから、契約も多く取れるのよ。
今日は忙しくなるからね。
覚悟してなさい」
先に行ってな、とニオを送り出してから、メイアは上空に向かって言った。
「じいさん、これで貸し借り無しだよ」
彼女の視線の先に、トナカイに引かれたソリがあったかどうかは……。

皆さんの想像にお任せすることにしよう。

***END***

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